コトバレシピ

ご飯と物語と、ときどき私。

小学生のころの記憶

今週のお題「何して遊んだ?」

 

ドッチボール

かくれんぼ

お絵かき

 

小学生の頃は、休み時間のために学校に行っていた。中学や高校と違って、みんな外で元気にはしゃいでた。校庭では、いつでも小さな点が30%くらいの密度で弾けていた。

私は何をしていたのだろうと考えてみたけど、オーソドックスな遊びしか思い出せない。

田んぼに囲まれた、公園も買い物するお店もなにもない村で生まれた私の周りには、特別な遊びはなかった。

 

ぼんやり逃げてたら、なぜか最後まで残ってしまうドッチボールも、

毎回負けてしまうブランコの靴飛ばしも、最後まで選ばれない花一もんめも。

私の「遊びの記憶」は、いつでも隣で誰かが笑ってる。

ドキドキしながら待ったかくれんぼも、結局一回も乗れなかった一輪車も、

人気のアニメを真似して描いて、得意げに披露し合ったお絵かきも。

 私は、ちゃんとあの時間を覚えてる。

 

誰かの恋の噂をヒソヒソとおしゃべりした教室。

歌を歌って、花冠をつくりながら、友人と歩く帰り道。

放課後、誰かの家で大人の目を気にしながら、テレビゲームをする。

 

愛おしいくらいに、ヒマな日々だったな。

鎌倉で朝食を

7時12分、花柄のスカートを揺らしながら、各駅停車の電車に乗った。

 

平日の朝は絶対混んでる。満員電車には、乗りたくない気分だった。私は、いつもよりだいぶ早起きして、特急に何度か追い抜かされながら進む景色をぼんやりと眺めていた。

「着いたら何を食べよう。」

前日に行きたいお店をスマホにたくさんブックマークしておいたから、直前まで迷える。

 

目的地は、鎌倉。相棒は最近買った、一眼レフのカメラだ。

本当はどこでも良かった。ただ、朝ごはんをちゃんと食べてみようと思ったのだ。ここ最近、朝ごはんを食べたくない日が続いた。そういえば、昼も夜もまともに「ご飯」と呼べるものをずっと食べてない。代り映えのしないコンビニ弁当にも飽き、自分で料理をする気にもなれず、毎日確実に疲れが増しているような気がして、何か栄養のある楽しいご飯を食べなきゃと昨日計画したての日帰り旅行だ。

 

9:00 鎌倉に着く。とてもお腹がすいた。

なんだか、おしゃれにトーストとコーヒーが食べたくなって、「カフェ ロンディーノ」へ。小さなサラダと小さなトースト、あとコーヒーをいただいた。

こういう時間が毎日あったらいいのに。結局、持ってきていた文庫本「シュガータイム」(小川洋子)を読みながら、2時間ほど居座ってしまった。

 

さあお昼だ。今日はどうやら、洋食が食べたい気分らしい。

小町通りをてくてくしながら、「café vivement dimanche」という店でオムライスという文字に惹かれる。

とろっと卵がのったオムライスを大きなスプーンでほおばりながら食べてると、子供のころの自分が目の前にいるような気分になれる。小さなわたしが「おいしい」と小さく笑った。

 

お腹はいっぱい。カロリー消費目的の散歩をしよう。

私は円覚寺明月院でカメラ小僧になる。中途半端な季節だし平日だからか、観光客はまだ少ない。少しだけ咲いてる明るい花と帽子を深かぶりした老夫婦をこっそりレンズの中に収める。

わたしの時間が、太陽の光を浴びて、さわさわと風と一緒に歌いだした。

「夕食は何を食べよう」

私は花柄のスカートを躍らせ、鎌倉駅へと向かった。

 

 

 

シュガータイム (中公文庫)

シュガータイム (中公文庫)

 

 

はじめまして倉多です。

ずっと、文字を書くのは苦手だと思ってました。

作文は毎回同じテンプレートの更新。たくさんの誤字脱字。まったく繋がらない内容。自己表現が苦手な私には、自分の想いや考えを文字にすることさえ恥ずかしくて最初から「どうせできない」と諦めてました。

クリエイトな仕事をするようになってから、なんとなく書いてみた広告コピーがプロのコピーライターさんの目に止まったり、ふいにしたSNSのコメントがたくさんの笑いに繋がったり、ちょっとずつコトバへの苦手意識がなくなってきました。そうしてるうちに、「あなたの無邪気で真っすぐなコトバが好き」と言ってくだる人が、ぽつりぽつりと笑顔で現れたのです。

それが小さな勇気と自信に変わっていき、もっとコトバを紡いでみようと思いました。

 

色々書いてみようと思います。

本や映画のこと、ニュースのこと、デザインのこと、旅のこと、ご飯のこと、最近見つけたものや、英語や日本語、言葉について。

書きたいことはいっぱいあります。

よろしければ、お付き合いいただければと思います。

コトバ とは

コトバとは、誰でも簡単に使えるが、効果が予想しにくい魔法である。

 

あの有名な『ハリー・ポッター』のダンブルドア先生は、言った。

言葉は尽きることのない魔法の源じゃ。傷つけることも癒すこともできる力がある。

*1

 

どこかに書いたコトバも、誰かに言ったコトバも言われたコトバも、傷つけたり、癒したりする力が必ずある。誰かの人生や考え方を変えることもある。

癒すためのコトバだと思って発しても、受け取る相手によって、傷になってしまうこともある。しかし、その逆はあまりない。

自分の想いを最短速度で伝えられるため、日常で最も多く使われるコミュニケーション手段であるが、一度発すると責任がつきまとう。

もしも傷つけてしまったら、「ごめん」の魔法を使おう。

もしも癒してもらったら、「ありがとう」の魔法を使おう。

傷つくことに恐れて、何も発さないより、癒しのコトバを集めて、その時自分が持っている最大の癒しの魔法を使おう。

*1:by「ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2」